労災給付と損益相殺

労災給付と損益相殺

2018年07月08日
 交通事故の被害に遭って、加害者以外から受けた給付が損害賠償から差し引かれる場合があり、これを損益相殺といいます。
 その対象は、加害者から受けるべき損害の補償との対応関係があるもので、加害者への損害賠償請求権について代位が生じます。


 
〈損益相殺とは〉
 被害者は、交通事故の被害にあって、加害者に対する損害賠償請求権を取得しますが、その他方で、交通事故の補償として一定の給付を受けることがあります。
 損益相殺とは、そのような加害者以外からの給付について行われる調整で、すでに受け取ったその給付に対応する金額を加害者に対する損害賠償の額から控除するものです。
 それによって加害者が利益を受けるという関係にはなく、基本的に、給付をした第三者が加害者に対する損害賠償請求権を被害者に代わって取得する関係に立ち、これを「代位」といいます。

〈給付と同一性のある損害費目は損益相殺の対象〉

 具体的にどのような給付が損益相殺の対象になるかですが、ある給付が一定の損害の補てんを目的とするとき、それと同一性のある損害項目につき、加害者への損害賠償請求権との間で損益相殺がされることが一般的です。
 例えば、労災給付としての休業補償給付や傷病補償年金、障害補償給付は加害者に対する損害賠償請求においては(休業や後遺障害による)逸失利益に対応して同一性のある損害項目と言えます。
 したがって、このような労災給付はこれら消極損害との間で損益相殺が行われます。
 積極損害や精神的損害(慰謝料)との間で損益相殺をすることは認められません(最高裁昭和62年7月10日判決)。

〈労災給付に関する具体例〉
 労災保険法による療養給付は、治療費や入院雑費を補てんし、実際の治療費を超える療養給付があってもその超過額をその他の損害(将来の通院付添費や通院交通費)が補填されたと認めるべきものではない(東京高裁平成9年4月24日判決)。
 労災保険法による療養給付は、過失相殺後の治療費、文書料、入院雑費、通院交通費、付添看護費及び付添人交通費の補てんに充てられる(東京地裁平成24年7月17日判決)。
 労災保険法による障害補償給付は逸失利益以外の損害のてん補に充てることは相当でない(大阪地裁平成9年5月27日判決)。
療養給付は、治療費、入院雑費、通院交通費を補てんし、障害給付、休業給付は、休業損害、後遺障害逸失利益を補てんし、介護給付は、将来介護費を補てんし、これらとの関係でのみ損益相殺的な調整の対象となる(大阪地裁平成26年2月4日判決)。

〈年金として受給している場合はどうか?〉
労災給付を年金として受給している場合は、いつまでの分が損益相殺の対象になるのかという問題がありますが、単に債権(受給権)を取得しただけでは損益相殺の対象とはならず、給付が確実化していることが必要です。
したがって、裁判の場合には、事実審(第一審か、控訴がある場合には控訴審)の口頭弁論終結時点で支給を受けることが確定した分が損益相殺の対象となります(最高裁平成5年3月24日判決)。計算としては、既に受領した金額に加えて、口頭弁論終結時までの月の分を加えた金額が損益相殺の対象になります。

〈損益相殺の対象とならない労災給付〉
交通事故の被害にあったとき、自分が加入している搭乗者傷害保険などから見舞金の支給を受けることがあります。こういったものは、被害者が自分で保険に加入して支払っていた保険料の対価で、約款上も損害賠償請求権を代位する規定もないので、損害を補てんするものではありません。したがって、損益相殺の対象にならないものです(最高裁平成7年1月30日判決)。
同じように労災給付のうち、特別支給金とされるもの(休業特別支給金、障害特別支給金、遺族特別年金、遺族特別一時金、遺族特別支給金など)も損益相殺の対象とはなりません。