弁論において陳述すべき内容

司法研修所編 平成29年版 刑事弁護実務
2 弁論において陳述すべき内容
弁論の内容は,大きく言えば,検察官の主張及び被告人に不利益な証拠を弾劾する部分と,被告人の言い分を積極的に主張する部分とに分けられる。
論告,弁論は,公判の最終局面において,争点に関し検察官と弁護人とが立証活動の攻防を尽くした結果を踏まえてなされるものであるから,検察官は,論告で,争点に関し,証拠の評価に基づく事実認定上の主張及び法律上の主張をし,情状及び求刑に関する意見を述べる。
これに対し,弁論は,検察官の論告に対応した形で,争点につき,事実に関する主張,法律上の主張,情状及び量刑に関する主張をすることになる。
弁論は,無罪を主張するなど公訴事実を争う事件,公訴事実は争わず情状のみが争点となる事件のいずれであっても,弁護人として検察官とは異なる視点から,取調べ済みの証拠を十分に精査検討し,検察官の論告を論破する内容を目指すべきである。
説得力のある弁論にするためには,いたずらに微細な事実問題や採用の可能性のほとんどない法律問題まで挙げて,間口広く問題点を羅列して論ずるよりも,審理の結果明らかになった事件の特質と争点を中心テーマに据え,これを重点的に深く掘り下げて論じた方がよい。
なお,弁論要旨を作成するに当たっては,被告人とも十分に打合せをし,その意見も取り入れたものとすべきである。
・・・・-
情状弁論
情状弁論は,公訴事実を争わず専ら情状のみを争点とする事件の場合のほか,例えば殺人の公訴事実に対し殺意を否定し傷害致死又は過失致死を主張したり,強盗の公訴事実に対し強盗の犯意を否定し恐喝又は窃盗を主張したりする場合(いわゆる「認定落ち事案」)に,被告人・弁護人が主張する罪名事実を前提としたうえで行うことになる。
ァ情状の意義
情状とは,広く量刑の基礎となる事実をいい,犯罪事実に属するもの(犯罪情状事実あるいは犯情ともいわれる。
なお,犯罪事実のことを「罪体」と呼ぶこともある。)と犯罪事実に属さないもの( 一般情状事実あるいは狭義の情状ともいわれる。) に分けることができる。
犯情事実がより重視されるべきであるが,一般情状事実も軽視することは許されない。
情状の弁論において重要なことは,被告人・弁護人の立場から,検察官が軽視しがちな事件の背景・原因の深層に立ち入り,その点に光を当て,真の動機,原因を明らかにして,裁判所に対し,事件についての視点の転換をさせ,適正妥当な処罰がなされるよう求めることにある。
そのためには,当該事件を分析したうえ,客観的事実に基づき,論理的かつ説得力ある主張をなすべきである。
なお,情状に関する立証活動については,203ページ参照。
イ犯情事実
 刑の量定に当たって考慮されるべき犯罪事実とは,犯罪構成要件に該当する具体的事実にとどまらず,①犯行に至る経緯,犯行の動機,目的あるいは誘因,事件の社会的背景事情,②計画性犯行か偶発的犯行か,③犯行の手段,方法,態様,④結果発生の有無,程度,⑤被害回復の有無,⑥共犯事件の場合の主従関係,役割分担,犯罪利益享受の有無・程度,⑦被害者側の落度又は事情の有無(帰責性),⑧犯罪直後の被告人の言動,その他犯行後の状況,⑨事件の社会に対する影響,などの事情を含んだ広い意味での犯罪事実であり,これが犯情事実である。
刑の量定においては,犯情事実が第一次的な重要性をもつ。
ウ一般情状
事実一般情状事実には,①被告人の年齢,②学歴,経歴その他生活歴,③性格,健康状態,④職業の有無及び地位・収入・資産,⑤日頃の勤務状況,⑥日頃の生活状況,⑦家庭その他の環境,⑧保護監督者の有無,⑨前科前歴,非行歴の有無,特に同種前科前歴の有無,⑩粗暴癖,盗癖,酒癖,薬物依存傾向,性犯罪傾向等の性癖の有無・程度,⑪遵法精神の有無,⑫反省の有無,⑬被害者への謝罪の意思と被害弁償の努力,⑭示談の成立と被害者の宥恕,⑮蹟罪の寄付,⑯家族,雇主の監督誓約の有無,⑰長期間の勾留による事実上の制裁の有無,⑱職場の解雇,会社の倒産,社会的信用の失墜等による社会的制裁の有無,⑲生活環境の整備,改善,⑳社会事情の推移,⑳関連法規の変動,⑳再犯の可能性ないし更生の可能性の有無,⑳その他被告人に有利なあらゆる事情が挙げられる。
(3)量刑についての意見
有罪を前提とした弁論をする場合には, 最後に量刑についての意見を述べる。
刑の執行猶予が法律上可能で被告人・弁護人が執行猶予を求めている場合に「執行猶予付きの判決が相当である。」と述べ,刑の執行猶予が法律上不可能な場合又は事件の特質から実刑を免れない場合には,弁護人が適当と判断する求刑意見を述べることとなる。
裁判員裁判対象事件においては,裁判所の量刑検索システムを利用して, 量刑分布グラフの入手が可能であるので, これを利用する。
また, 裁判員裁判対象以外の事件においては, 弁護士会等が作成する各種量刑資料等を参考にしながら, 自ら適当と判断する求刑意見を述べることとなる。
また,検察官の求刑が重すぎて不相当である場合や求刑が法に違反している場合には,積極的にこれに対する反論を述べることも必要である。