弁護士五右衛門・累積点数制度と故意の必要性

・道路交通執務研究会編著『執務資料道路交通法解説(17訂版)』(東京法令出版,2017年5月)1096頁

平四・七・三〇山口地裁

(事案の概要)信号無視の違反行為を理由にした運転免許
取消処分について、違反行為時に精神分列症による心神喪失
状態であったとき、その取消処分は適法か争われたもの。
(判決の要旨)道路交通法が定める信号無視等交通違反
した者の運転免許取消処分の要件は、運転免許を受けた者
が、道路交通法令で定める命令規定等に違反したことであ
り、その者の累積点数が一定の基準点に達したときは、適法
に運転免許取消処分を行うことができ、それ以上にその者が
右違反をした当時、精神状態が正常であるなど責任能力を有
するものであったとの要件を必要とするものではない。

 

江原伸一著『実務に役立つ最新判例77選 交通警察』(東京法令出版,2013年3月)12~13頁

信号無視を理由とする本件取消処分との関係で道交法が定める運転免許取消要件をみてみると、道交法7条は、道路を通行する車両等は信号機の表示する信号又は手信号等に従わなければならない旨規定し、車両等の信号機の信号等に従う義務に関する命令規定を定めている。そして、信号無視との関係における道交法103条2項2号〔現103条1項5号〕が定める自動車等の運転に関し道交法の規定に違反したときとは、道交法7条が定める命令
規定に違反することであって、刑事罰を科することを規定した道交法119条に違反することではない。さらに、道交法103条2項〔現103条1項〕が定めるところをみても、道交法令の規定等に違反したときと定めているのみであり、右以上に責任能力等に関する要件を加重する旨の規定は道交法令を精査しても見当たらない。

したがって、道交法が定める信号無視等交通違反をした者の運転免許取消処分の要件としては、運転免許を受けた者が道交法令が定める命令規定等に違反したことであり、その者の累積点数が一定の基準点に達したときには適法に運転免許取消処分を行うことができ、それ以上に右の者が違反をした当時、精神状態が正常であるなど責任能力を有するものであったとの要件を要するものではない。

◆4解説…
運転免許制度の趣旨は、一般人が自由に自動車等を運転できるとすると道路における危険その他社会公共の安全を害する等のおそれを生ずることから、一般的に運転行為を禁止し、一定水準の身体的、精神的な能力を備え、自動車等の安全な運転に必要な知識技能を有している者として運転免許試験に合格し、免許拒否事由に該当しない場合に、その禁止を解除して個別的に運転許可を認めるという警察許可の一種であると解されている。
このような警察許可の撤回(取消し)については、法令の定める要件を充足する場合に限りなされる。運転免許の撤回(取消し)は、道交法では法令等に違反したとき等一定の場合は政令の基準に従って取り消すことができる(103条1項) とされている。
本判決では、このような観点から、運転免許取消処分の理由とされた交通違反の行為時に心身喪失状態にあったとしても、その旨を主張して免許取消処分の取消しを求めることはできないと判示した。

 

判例タイムズ1414号297頁

運転免許の欠格期間として4年間を指定した処分が3年間を超えて指定した部分につき違法であるとして取り消された事例
対象事件|
平成26年12月24日判決
東京地方裁判所民事第38部
平成25年(行ウ)第641号
運転免許取消処分取消請求事件

 

月刊交通2018年2月号

最近の運転免許の行政処分に関する

’ 行政事件訴訟の裁判例から

警察庁交通局運転免許課
山口貴史

はじめに
悪質・危険運転者対策として推進される運転免許(以下「免許」という。)の行政処分については、処分の取消し等を求める行政事件訴訟が頻繁に提起されていますが、最近の裁判例から、違反行為における故意の必要性及び免許の取消処分における裁量に係る、注目すべき裁判例を紹介します。
第1 裁判例1
原告(控訴人)が公安委員会が行った免許の取消処分の取消しを求めた事案において、免許の効力の停止処分にとどまらず、取消処分という重大な不利益を与えることは、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものと認められるから違法であるとして、上記取消処分を取り消した事例

l 事案の概要
本件は、普通自動車運転免許を受けた原告が、道路上において、製造段階では普通自動車であったが、後に差し枠が取り付けられたことにより車両総重量が増加して中型自動車となった自動車(車長、車幅、車高は不変'由)勤務先の指示で運転したことで、無免許運転を理由とする免許の取消処分(欠格期間2年(軽減なし)。以下「本件処分」という。)を受けたところ、「原告には無免許運転の認識がなかったのだから法令の定める取消事由に該当しない。」、「仮に形式的に取消事由に該当するとしても違反の態様等に照らし処分が不当に重く、裁量権逸脱濫用があり違法である。」などと主張して同処分の取消しを求めた事案である。

2争点
(1)無免許運転における故意の必要性(以下「争点①」という。)
(2)取消処分に裁量権逸脱があったか(以下「争点②」という。)
3原審の判決要旨
(1)判決年月日等
平成27年8月17日千葉地方裁判所
(2)主文(処分行政庁の勝訴)
原告の請求を棄却する。
(3)争点①について(適法と判断)
客観的に道路交通法第64条第1項に違反する行為があれば25点が付され、運転免許取消事由に該当することになるから、取消処分の要件として故意は不要と解される(故意を必要とする条文上の根拠はない。)。
(4)争点②について(適法と判断)
本件における違反行為は軽微なものとはいえず、原告が主張する本件処分により原告に生じる不利益を考慮しても、本件処分に裁量権の逸脱濫用は認められないし、他に上記結論を左右するに足りる主張立証もない。

 

 4控訴審の判決要旨
(1)判決年月日等
平成28年1月25日東京高等裁判所
(2)主文(処分行政庁の敗訴)
ア原判決を取り消す。
イ本件処分を取り消す。
(3)争点①について(適法と判断)
いずれも故意を要件とはしていないから、所定の運転免許を受けずに自動車を運転すれば、道路交通法第64条第1項に違反したものとして免許の取消要件を文言上充足するというべきである。
(4)争点②について(違法と判断)
違反行為の態様、違反行為に至った経緯、違反者の違反の認識及びその可能性の有無、程度等の個別具体的な事情によっては、道路交通法及び道路交通法施行令等の基準に従った処分をすることが被処分者の道路交通上の危険性の度合いに照らし、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合には、当該処分が違法であると判断すべきものである。
証拠及び弁論の全趣旨によると、控訴人(原告)は、本件運転行為の当
時、控訴人の取得した普通自動車運転免許により本件車両の運転ができるものと誤信していたことが認められ、また、このように誤信したのもやむを得ないというべきである。
そうすると、本件事案の下で、控訴人に対し免許の取消処分をすることで将来における道路交通の危険を防止することに資するとは考え難いところである。それにもかかわらず、かかる事情を考慮することなく、控訴人に対し、本件車両を普通自動車運転免許で運転したことを理由に、免許の効力の停止処分にとどまらず、免許の取消処分という重大な不利益を与えることは、道路交通上の危険性の度合いに照らし、上記法令上の目的の実現を図るための手段として、控訴人に対し過大な制約を課するものというべきである。
本件処分は、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものと認められるから、違法であると判断すべきである。

 

月刊交通の記事に記載がありました。

免許の行政処分においては、裁判例lのように、無免許運転には、故意に限られず過失によるものも含まれます。無免許運転以外にも、例えば、違反行為が酒気帯び運転(0.25以上)の場合、違反行為に付する基礎点数が道路交通法施行令別表第2に規定され、当該別表の備考二の2において、 「酒気帯び運転(0.25以上)」を「法第65条第1項の規定に違反する行為のうち身体に血液1ミリリットルにつき0.5ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを
保有する状態で運転する行為をいう。」と定義されており、こうした規定から故意がある場合に限られないのは明らかです。
一方で、違反行為が酒酔い運転の場合、同施行令別表第2の備考二の126において、同法第65条第1項の規定に違反する行為ではなく、同法第117条の2第1号の罪に当たる行為とされており、さらに、違反行為が救護義務違反の場合、同施行令別表第2の備考二の128において、同法第117条の罪に当たる行為(自動車等の運転に関し行われたものに限る。) とされています。これらの場合、各条には過失を処罰する規定がないことから、同条の罪に当たる行為(故意) としての認定ができなければ、違反登録をすることはできません。