【長文です】
検事は無罪を嫌がる
その理由を端的に言うと、無罪判決が出ると上司から叱責されたり、上訴の可否を決める会議の資料作りの仕事が増えるなどの苦痛が待っているからだ
少なくとも快・不快の二者択一なら、無罪判決を快と思う検事は一人もいないだろう
が、無罪を怖がっているかと問われると、それは違うと思う
自分は検事3年目で初めて無罪判決をもらった(なお、自分で起訴した事件ではない)が、その判決前は怖かった
この恐怖感は、先に述べたとおり、無罪判決後の上司の叱責の厳しさに怯えてのものだった
この初めての無罪判決後の控訴審議は穏やかに終わった(不控訴)ので、恐怖感は杞憂に終わった
その後も複数回にわたって無罪判決に立ち会ったが、もはや恐怖感はなく、「あぁ、面倒くせぇなぁ」という煩わしさしか感じなかった
とくに捜査・起訴した検事は、捜査の過程で自らが疑問に思ったことを警察に依頼するなり自分でやるなりして調べ、その結果証拠が得られることによって、有罪への心証を創造的に高めていくので、起訴するときは自信満々なのが殆どである
また、起訴するにあたっては捜査の結果得られた全ての証拠を見て、さらには(まともに機能していれば)上司のチェックも経ているので、たとえ歪んだ証拠評価に基づいていようが、そもそも無罪になるとは夢にも思っていない(あくまでモデル論ではあるが)
なので、自分が起訴した事件が無罪になると、「なぜだ?ふざけるな裁判所!」という驚きや憤りを抱くのが通常だと思う
また、無罪判決が確定しても、「あいつは本当はやってるんだ」と言ってはばからない検事が今でもいる。要は「本当は有罪だと自分はわかっているが、裁判所が間違えただけ」と思い込んでいるのである。なので無罪が怖いはずがないのだ
もっとも、公判検事はちょっと違う
自分で捜査しての「創造的な心証形成作業」を経験せず、起訴した検事が集めた証拠を事後的に見て公判に臨むので、捜査・起訴検事よりは証拠を客観的に、フラットに眺めている
なので、捜査・起訴検事より弱点が見えやすく、それを隠して法廷に立っても、いつ地雷を踏むかと思って無罪を恐れることはあり得る
それでも、公判検事は自分が起訴したわけではないので、「無罪になる事件を起訴した奴が悪い」という八つ当たりの心理が先に立つと思う。これは恐怖より嫌悪だろう
そこで裁判官である
検事との違いは、どうやっても捜査という「創造的な心証形成作業」ができないことだろう
検事と弁護人が法廷に出した証拠を眺めて、ただただ判断することが求められている
そして、事実上、裁判官は、検事が出した証拠が有罪立証のために厳選されたものだとわかっている。その背後に少なからぬ証拠があり、検事はそれもしっかり吟味した上で立証しているとわかっている(これまたモデル論ではあるが)
さらには、これまた事実上、検事への信頼もあるだろう
こんな経験を多く積んだ裁判官が、いざ「これは無罪ではないのか?」と素朴な疑問を持ったとき、どんな心理になるだろうか
それは恐怖感だと思う
検事は、きちんと捜査をして、裁判官が見ていない証拠も見た上で有罪と判断して起訴している。そんな検事が有罪だと訴えているのに、無罪にしていいのだろうか、という恐れである
自分の検事時代の経験に基づくものだが、裁判官は検事にちょっとした同族意識を抱いている。一方、弁護士にはこの意識を抱いていない
刺激的に言えば、「弁護人は検事にうるさく文句を言うだけの人」くらいにしか見ていないおそれがある。早い話が、検事は信頼できても、弁護人は少なくとも検事と同じレベルでは信頼していない
これは、裁判官の主宰する法廷に立つ検事が年間を通していつも同じなので、その検事が日頃からまともに仕事をしていればなおさら、検事への信頼や期待が増していくことも要因だろう
裁判官が無罪を怖がっているとしたら、それを取り除き、あるいは軽減させるために、どうしたらいいだろうか
一つには、やはり証拠の全面開示・全面請求だろう
裁判官も検事と同じだけの証拠を見ていれば、検事を信頼する根拠の一角が崩れるはずだ
そして、「今まで、検事はこういう証拠を隠して公判に臨んでいたのか」とわかれば、ひょっとしたら抱いているかもしれない検事への遠慮や引け目は雲散霧消するだろう
あるいは、裁判官にも「創造的な心証形成作業」を経験してもらうことだろうか
裁判官が文字通りの捜査をするわけにはいかないだろうが、例えば積極的に現場を検証するなどの疑似捜査体験は可能だ
自分の検事時代、検証が好きな裁判長がいて、なにかと一緒にやったことがあるが、これで「自分の疑問を自分で調べて心証をとった」という感覚になったのだろう、その後によく負けた(苦笑
もっとも、法廷での尋問は生で心証を得る場面であり、裁判官が全く「創造的な心証形成作業」ができないわけではないので、これは説得力に欠けるか...
あとは、裁判官が漠然と思っているほど検事はまともにやっていないと理解してもらうことや、年間を通じて同じ検事が法廷に立つ仕組みを改めさせることも考えていいかもしれない
裁判官の経験がないので、裁判官の心理は想像するしかなく、とくに上級裁判所で判決が覆ることをどのように感じているのかが皮膚感覚で理解できないので、的外れかもしれないが、つらつらと考えてみた次第である